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平家物語の滅びについて・・・
平家の物の考え方を決定づけるのは女ではないでしょうか・・・
合戦に付き従い一緒に落ちていった女達・・・おそらく作戦の場にも登場したでしょう。
二位の尼が最後に自ら安徳帝を胸に抱え三種の神器とともに海に飛び込みますが
この飛び込んだ瞬間から戦いに敗れ滅びていく事を前向きの膨大なエネルギーに
変えてしまったのではないでしょうか、平家は戦いに敗れ敗走につぐ敗走で西に落ちていきますが
その敗走の最後の最後、自らを滅ぼすことによって勝負が逆転するほどの
膨大なエネルギーの転換があったのです。二位の尼に象徴される平家は自らの手で平氏一族「伊勢平氏ですが」
を滅ぼすと同時にこの国の王家をも我が手で滅ぼしてしまうという、断固たる意志の元での御所滅亡による
逆転の勝利です。この勝利を得るために膨大なエネルギーの発生があったのではないかと思います。
一種異様なエネルギーではありますが・・・
「しかし大原御幸という巻が二位の尼の滅びを打ち消してしまう事になってしまいましたが・・・」
また、男としての武将にも滅びの美学はあるのでしょうけれど、男は直接弓矢を執って戦っていますから
同じ水に飛び込むといってもそれは矢折れ命運尽き果てたという最後の最後まで戦った後の敗北感
から来る物でこれ以上無為に戦うは潔しとせずという土壇場の自刃です。
最後の最後に敵を道連れに飛び込むという
抵抗が精一杯です。そして己が醜態を敵前に晒さず首を取らさないために千尋の底に沈んでいきますが
女達は向かう世界が違います、二位の尼が飛び込んだ瞬間はおそらく笑っていたでしょう、心の底から湧いてきた
泰然とした笑いです。悲しくもなくつらくもなく怒りも悔しさもありません。二位の尼はその瞬間に歴史を書き換え
たのです。例え一時でも御所という歴史を葬り去る事がが出来たのは二位の尼只一人です。
その瞬間に大義を失った源氏は敗北を喫したのです「。しかしまた歴史はあたらしく作られましたが」
平家物語の奥底に流れるテーマはそういう滅びなのではないでしょうか。
二位殿は、日頃より思ひ儲け給へる事なれば鈍色の二衣打ち被き。練袴のそば高くはさみ。神璽を脇に挟み。
宝剣を腰に差し、主上を抱き奉り、「我が身は女なりとも敵の手にはかかるまじ。君の御供申すなり。
君に志思ひまいらせ給はん人々は、急ぎ続き給へ」とて舷へしづしづとあゆみ出られけり。主上今年は
八歳にぞなられましましける。御年の程より。遙かに年預させ給ひて、御姿厳うあたりも照り輝くばかりなり。
御髪黒うゆらゆらとして。御背過ぎさせ給へり。あきれたる御有様にて、「抑尼ぜ、我をばいづちへ具して
行かんとするぞ」と仰せければ、二位殿いとけなき君に向かいまいらせて、涙をおさへ、
「君は未だしろしめされ候はずや。先世の十善戒行の御力によって、今万乗の主とは生まれさせ給ひたれども、
悪縁にひかれて、御運既に尽きさせ給ひ侍りぬ。先ず東に向かはせ給ひて、伊勢大神宮に御暇申させおはしまし
その後西に向かはせ給ひて、西方浄土の来迎に預からんと誓いはせおはしませ。御念仏候ふべし。此の国は
粟散辺地とて、心憂き境にて候へば、極楽浄土とて、目出たき所へ具しまいらせ候ふぞ」とかきくどき申され
ければ。山鳩色の御衣に、びんづら結はせ給ひて、御涙におぼれ、小さう美しきお手を合わせ、まず東に
向かはせ給ひて伊勢大神宮に御暇申させ給ひ、その後西へ向かはせ給ひて御念仏ありしかば、
二位殿やがて抱き奉て「波の下にも都の候ふぞ」と慰め奉り。千尋の底にぞ沈み給ひぬ。」
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